NHK「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?宇宙とは何か」を見て

7月4日、NHK「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?宇宙とは何か」を見る。どこまで踏み込むか楽しみにしながら見た。

1.ダークマターを観察しようとする現在進行中の試み

a.道村唯太(東京大学大学院ビッグバン国際研究センター 准教授)

岐阜県飛騨市神岡町山中、地下200mのトンネルの中にある「大型低温重力波望遠鏡(KAGRA)」 強力なレーザー光を3km先の特殊な検出器で受け止めダークマターの正体を突き止めると言っていたが、KAGURAはもともと重力波を観測する装置、重力波とダークマターの関係が良く判らないが、特殊な検出器という点に仕掛けがあるらしい。

※AIによれば重力波観測からブラックマターの候補「原始ブラックホール」を探る検討をするのではないかと言っている。

b.リッカルド・ビオンディ(グラン・サッソ国立研究所 准教授)

イタリア・アペニン山脈山中、地下1400m、巨大なタンク型検出器を複数台作り、超低温に冷やされた特殊な液体を使って、ダークマターによる微弱な反応の検出を試みる。

c.ロベルタ・ザニン(チェレンコフ望遠鏡アレイ観測所(CTAO) プロジェクトサイエンティスト)

スペイン・カナリア諸島のラ・パルマ島 13基のガンマ線望遠鏡でダークマターが生み出す可能性があるわずかな信号を捕える。現在南半球のチリに53基建設中。二拠点で観測を行う。

※ダーク・マターの実在性を始めて推測したのはヴェラ・ルービン(アメリカの女性天文学者)、この経緯は2026年2月3日のNHKドキュメンタリー「宇宙の謎を解読せよ」で少し書いた。

村山斉(東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 教授)

ダークマターそのものはまだ発見されていないが、ダークマターの痕跡は見つかっている。重力レンズ効果=遠くの銀河の光がダークマターの重力により曲って見える現象。

グレイ・リブカ(アメリカ・シアトルのワシントン大学 物理学部教授)

ダークマターの候補として考えられている物質(仮説)

①原始ブラックホール、宇宙誕生直後の密度ゆらぎによって形成されたブラックホール

②WIMP(ウィンプ)、弱く相互作用する大質量粒子。光を出さず、電磁気力と相互作用しない(電荷ゼロ)。

③アクシオン(非常に軽い、電磁場と弱く結合)が大量に存在する。

吉田直紀(東京大学大学院理学系研究科 教授)

宇宙が誕生した初期の様子をシミュレーションによって再現した。ダークマターがない宇宙は変化が起きない。ダークマターが存在する宇宙はダークマターの強い重力によって物質が引き寄せられ網の目のような構造が出来、これが土台になり星が生まれ、銀河がつくられた。そして太陽、地球、生命が誕生した。

ダークマターはビッグバン(宇宙の誕生)の直後に生まれた。その後、水素、ヘリウムが出来、それらを集めて星が出来た。

※今後、「ダークマターを発見した」とだれが、いつ発表するのか?見ものだ。

 

2.ダーク・エネルギー

1998年、二つのチームが同時期にダーク・エネルギーを発見。 チーム①アダム・リース(ジョン・ホプキンス大学)とブライアン・シュミット(オーストラリア国立大学 教授)、チーム②サウル・パールムッター(カリフォルニア大学バークレー校 教授)2011年、3名が同時にノーベル物理学賞受賞

※番組では解析の中心人物とされるアダム・リースが何故か?紹介されなかった。

彼らは地球から遠ざかる星々の距離をその明るさから精密に求め、宇宙の膨らみ方を調べた。

宇宙の膨張速度はダークマターなどの重力により弱まると予想していたが、結果は逆に加速していた。何故加速しているのかという疑問から、未知のエネルギー(ダーク・エネルギー)の存在を導き出した。

・宇宙の膨張は一定のダークエネルギー密度で加速膨張している。

・宇宙の膨張によって、現在存在する銀河や星々は次第に離れつつある。

 

3.ナタリー・パランク=デラブルイユ(ローレンスバークレー国立研究所物理部門長) アメリカアリゾナ州、ニコラス・U・メイヨール望遠鏡を用い

2025年、宇宙の未来を左右する新発見が報告された。5000本の光ファイバーを用い遠くの銀河から届く光をひとつづつ丹念に測定した。1500万以上の天体(銀河)のデータをもとに110億光年のかなたに至るまで、宇宙を精密な3次元地図として再現した。このデータをもとに宇宙の膨らみ方を細かく分析した。

その結果0、110億年前から現在までのダークエネルギーの変化をみてみると、膨張によって一定だと考えられていたダークエネルギー密度(湧き出る勢い)が50億年前までは増え続けていたが、その後変化の割合が減少に転じていた。(現在全データを解析中、今後最終結果が発表される)

=ダークエネルギーの増え方がゆっくりとなった。

※この文章、AIによれば結果の統計的な有意性の精度は2.8σ~4.2σであり、科学的な新発見と認められるには5σが要求される為まだ十分ではないと言う。

※現在の科学界で認められている標準宇宙論(ΛCDM)では膨張する宇宙のダークエネルギー密度は一定で、増えも減りもしないが、この発見が認められれば、エネルギー密度が増加から減少の方向に向うとして、現在認められた標準宇宙論を書き換える可能性があると言う。

 

※2026年2月3日のNHKドキュメンタリー「宇宙の謎を解読せよ」では、

1998年、アダム・リース(ジョンズ・ホプキンス大学)等は宇宙の膨張に対する加速速度を測定し、現在の宇宙は加速的に膨張していることを発表した。この膨張のエネルギーをダークエネルギーと命名した(命名者はマイケル・S・ターナーとなっている)。ダークエネルギーはエナルギー(波動)であり素粒子ではない。

彼らはIa型超新星の明るさを測定し、「ビッグバン後、宇宙の膨張は一時減速していたが、60億年前に加速に転じたと結論づけた。この測定を元に、

ビッグバン後宇宙は膨張していたが、初期の段階は物質の密度が高く、物質の重力で膨張速度は減速していた。しかし宇宙が次第に膨張するにつれて、物質の密度が下がり、60億年前にダークエネルギーの引き離す効果が物質の重力を上回り、そこから宇宙は加速膨張を始めたと言う。

 

前回の放送と今回の放送を統合すると

・ビッグバン直後、宇宙は急速に膨張し始めた。

・初期の宇宙は物質の密度が非常に高く、それらの重力によって膨張速度が抑えられていた。

・宇宙が膨張するにつれて物資の密度が薄まり、重力の引き戻す力が次第に弱まっていった。

・ダークエネルギーの宇宙を押し広げる力(ダークエネルギー密度)は約50億年前までは増加していた。

・60億年前、ダークエネルギー密度の増加が、物質の重力を上回るほど強くなり加速膨張へと転じた。

・その後ダークエネルギー密度の増加はゆっくりとなり、現在はほぼ一定の状態で加速膨張をしている。

となる。(推測)

 

4.宇宙の未来

①ビッグフリース、今と同じ割合で生れ続ける場合、ダークエネルギーの押し広げる力によって、宇宙は緩やかに膨張、その結果、星や銀河は互いに遠ざかりどんどん離れていく。ついにその速度は光の速さを超え、夜空に星が何一つ見えなくなる。更に宇宙の温度が下がり氷点下273℃となりすべてが凍り付く世界、静かな死を迎える。

②ビッグクランチ、ダークネルギーが減り続ける場合、ダークエネルギーの宇宙を押し広げる地からが弱まりやがて膨張が止まる。宇宙は星や銀河がダークマターによって縮みつぶれる。

③ビッググリップ、ダークエネルギーがどんどん増え続けた場合、銀河の外側の星が重力を振り切り飛び出していき、最後は銀河が完全にバラバラになり崩壊する。太陽や惑星、原子、分子も引き離され離散する。

※番組では言っていなかったが、ダークエネルギーが増えたり減ったりする周期的な変化は考えられないかと思った。⇒仮説理論はあるらしい。

 

5.UFO、宇宙人についての質問に対する村山斉氏の回答

・UFOははるばる地球迄来て何もしないで帰るなどと言うことは考え難いので、UFOは何かの錯覚(見間違い)と思う。

・宇宙人はどんな姿をしているか分からないがどこかの星に居ると言う。

※私の考え、太古の時代に地球に来て文明(古代文明)をもたらした宇宙人の星もどんどん地球から離れて行ってしまい、再び来ようと思ってもなかなか来れないのではないか。

 

6.野村泰紀(カリフォルニア大学バークレー校 教授)

マルチユニバースについて 

ダークエネルギーの発見とその量が判って来た。ダークエネルギーの量が我々の宇宙を保つためにぴったりの量になっている。それはたくさん宇宙があったから、たまたま1個の宇宙にぴったりのダークエネルギーの量があり、我々の宇宙が存在出来ているのではないか?

例えば、地球に生命が生まれたのは、たくさんある惑星の中で、太陽からの距離が偶然にもちょうどよい位置にあったから。もし宇宙に惑星がひとつしかなかったらこんな奇跡は起こらなかった。たくさんの惑星があるからこの奇跡的な地球が存在出来たのではないか。

我々の宇宙はダークエネルギーの量や物質の種類、重力の強さなどがほんの僅かに違うだけで、星も銀河も生命も存在できなかったことが理論物理学で示されている。

ダークエネルギーが少し多い場合、ダークマターが物質を集める前に加速膨張して星も銀河も生まれなかった。

ダークエネルギーが小さい場合、宇宙はダークマターによってすぐに押しつぶされてしまう。

以上、マルチバースの考え方:

親宇宙(ある性質を持った宇宙)の中に異なる素粒子の性質を持った宇宙が泡のような形で生れ、子宇宙が誕生する。子宇宙の中にも新たな宇宙が生まれる。そのほとんどは何も生まれない宇宙になる。我々の宇宙は奇跡的なバランスによって生み出された存在。

野村泰紀氏はこの仮説を実証する方法はあると言っていた?

 

※上記のたくさんある宇宙の中から偶然、ちょうどバランスの良い宇宙があったと言う考え方とは別に、我々の宇宙が出来る何らかの必然性があったのではないかと言う考え方もあるのではないか?

参考)copilotの回答

結論から言うと、 「たくさんある宇宙の中から偶然バランスの良い宇宙が選ばれた」という考え方と、 「何らかの必然があってバランスの良い宇宙が生まれた」という考え方は、 現代宇宙論でも両方が真剣に議論されている。

そしてこの二つは対立ではなく、 宇宙の根本原理をどう理解するかという“哲学的・物理的分岐点” になっている。

 

※今後、量子もつれや、フォログラフィー原理、次元の問題、さらには生命、我々の意識の問題等がどのように関連付けられていくのか興味は際限がない。

 

散歩と猫(2026/7)

散歩していると、いつの間にか汗が滲む季節になった。近頃は、念のため熊(この辺りでは聞いたことは無いが)やイノシシなどが向かってきた時の用心と、登り坂での推進力を得るため、ストック(マウンティングポーク)を片方だけ持ち歩くようにしている。手に何かを握っていると言うだけで、妙に心が落ち着くから不思議だ。

梅雨入りしたと思った矢先、とうとう出た。道端の草むらから20cm程舗装した道に乗り出して、黒っぽい蛇が首をもたげてじっとしている。きょろきょろ辺りを見ながら歩いていても、何故か蛇がいると不思議とすぐに目に留まる。何かテレパシーのようなものを出しているのだろうか。車でも鳥でも猫でもよいから、誰か通り過ぎないかと期待するが、誰も来ない。

私はそろそろと後ずさりして、小石等を拾っているうちに、蛇はいつの間にか姿を消していた。目を離すといなくなると言うのは、蛇の常套手段らしい。AIによれば、蛇の目は動きを察知しているらしい。とにかく後ろに下がって、遠くでストック等でトントン振動を与えてやると逃げるのだそうな。居なくなったところを見届けて、駆け足でその場を通り抜けた。

猫のいる小屋に行く。ひと月ほど前から、今年生まれたらしい二匹の子猫が姿を見せなくなった。どうなったか分からないが、昨年の大河ドラマ「べらぼう」で言っていたように、判らないことは良いことが起きたと考えるようにしよう。誰かに貰われていったか、独り立ちしてどこかで暮らしているのだと思うことにする。今はまたオスのトラとメスのシロクロの二匹になった。

その後しばらくして、いつもの小屋に行く手前の道で、シロクロが何かを加えトコトコと、どこかへ運ぶようになった。そっと後をつけると、人の出入りが少ない小屋に消えて行く。何度か餌を運ぶのを見たが、最後まで見届けるのはやめた。

ある日、いつもの小屋を覗いてみるとシロクロが出て来た。シロクロはメザシを数匹食べると小屋の奥に入って行った。すると、奥から生まれたばかりの子猫がシロクロに飛び掛かって来た。なんと子猫が3匹、じゃれあっているではないか。また生んだのか。今年に入って五匹目となる。小屋の老夫婦もさぞ呆れていることだろう。

その後しばらくして子猫は一匹だけになった。他の2匹はどうなったか知らない。少し前、子猫を見た時のおじいさんの嫌そうな顔を思い出す。その後特に聞くこともない。

シロクロはメザシなら自分で食べるのに、竹輪を渡すと咥えて子猫のところに持っていく。子猫は食べるでもなく、それを転がして弄んでいる。あちこちと走り回っては、勢いよくシロクロにしがみつく。微笑ましくもあるが、ふと「この幸せそうな状態がいつまで続くのだろう?」と思うと少し気持ちが沈む。それでもこの瞬間を精一杯前に向かって生きようとする野生動物の姿にたくましさを感じる。

一方のトラは春先、体の右側を大けがしていた。イノシシか同業ボス猫か、相手は分からないが、少しづつ傷は癒えてきている。見た目は大人しそうだが、戦う時は戦うのだという、猫の矜持のようなものを感じる。

あちこち寄り道をしながら約1時間半歩いて、八千歩ほどになる。散歩して帰って来ると、シャワーを浴びる。着替えてクーラーをつけ、録画しておいたテレビを見る。夏場の散歩のこの瞬間は捨てがたい。

スケッチ(寝落ち猫)

散歩の途中に畑の小屋で暮らす猫を描く。春、ようやく気温も15℃を越えるようになったある日。小屋の外に置いてあった箱の上で毛づくろいをしていたが、あまりの心地良さについうとうとしてしまい、ついには寝落ちしてしまった。私の存在がまったく気にならず安心しきっている様子。あまいりに可笑しいな恰好なので写真を撮った。

                              F10 水彩紙

水彩で初めて動物を描く。姿勢が崩れないようにグリッド線を入れて描いた。毛並みを出すのが難しいと心配したが、ぼかし筆を使うと毛らしく表現できた。なんといっても顔の表情が難しい。線の太さや曲線、色あいの僅かな変化で表情が変わる。ひげを入れると猫らしくなった。足の爪や肉球も目が行き易いところ。水彩でも案外それらしく描けるものだと納得する。

 

 

NHKフロンティア「ニュートリノが開く深宇宙の扉」を見て

6月19日のNHKフロンティア「ニュートリノが開く”深宇宙”の扉」を見る。

小柴氏や梶田氏がノーベル物理学賞を受賞したことや、カミオカンデの名前は知っていたが、内容についてはほとんど知らなかった。ニュートリノが何故、深宇宙に繋がるのか興味を持って見た。文章にしようとするといろいろ疑問がわく。ウィキペディアで調べcopilotに聞きながらまとめて見た。

※ニュートリノの特徴

ニュートリノは素粒子の一部、電荷ゼロ、質量は極めて小さい、どんな物質とも相互作用せず、すり抜ける。ニュートリノは光とほぼ同等の速度。宇宙を通り抜ける際、光は星の内部や塵、ガス雲等に吸収や散乱の影響を受ける。ニュートリノはそれらの影響を受けず宇宙を直進して通り抜けることが出来る。

※小柴昌俊氏までの経緯

1930年、ウルフガング・パウリ(スイス)、ニュートリノの存在を提唱。

1933年~34年、エンリコ・フェルミ(伊)、ニュートリノの理論化と命名

1956年、フレデリック・ライネス(米)&クライド・カワン(米)、原子炉から反ニュートリノを水タンクで捉え、初めてニュートリノの存在を直接検出した。

1957年、ブルーノ・ポンテコルポ(伊)、ニュートリノ振動(別の状態に変わる可能性)の概念を始めて提唱した。

1962年、牧次郎、中川昌美、坂田昌一、電子とミューの2種類のニュートリノの混合した状態(ニュートリノ振動)を数学的に理論化。

2000年、タウニュートリノが観測され、電子、ミュー、タウの3種類のニュートリノが存在することが確定した。

以下番組

※東京大学理学部、小柴昌俊氏

ニュートリノを観測する装置カミオカンデを製作。3000トンの超純水と1000本の光電子増倍管(光センサー)からなるチェレンコフ検出器。

1983年より観測開始。ニュートリノが水の電子や原子核にぶつかり電子が飛び出す割合は1~2回/週、ぶつかればチェレンコフ光と呼ばれる青い光が放たれる。

1987年2月、16万光年離れたマゼラン星雲で超新星爆発が起こった。カミオカンデの観測結果にエネルギーの高いニュートリノが11個記録されていた。世界で初めて宇宙から飛来したニュートリノを観測した。

1988年、太陽内部で放出された太陽ニュートリノが、太陽の方向から8分で届くことを世界で初めて観測し、太陽内部の核融合反応により大量のニュートリノが放出されていることを証明した。

補足:太陽光が太陽表面から地球に届く時間は8分20秒、太陽ニュートリノもほぼ同じ時間で届く。違いは太陽内部で作られた光は、散乱を何度も繰り返し、表面に出てくるまで10万年かかると言われている。ニュートリノは散乱せずまっすぐ直進して出てくるため数秒で表面に達する。ニュートリノは太陽の内部情報をいち早く得られる。

2002年、1987年と1988年の観測から宇宙をニュートリノで観測する時代を開いた功績(宇宙天文学の創始)によりノーベル物理学賞受賞。

※千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター、石原安野氏 同大学、吉田滋氏

南極大陸に世界最大のニュートリノ観測所「アイスキューブ」を建設。深さ1450m~2450mの氷の中に光センサ5000個以上を設置。カミオカンデの30万個分の大きさ。2005年から観測が始まる。アメリカが主導し世界14か国が参加。

数億光年以上遠い宇宙から届くニュートリノを捕えようとしている。

2012年5月、深宇宙からの高エネルギーニュートリノを観測、2017年9月、オリオン座の方向から40億光年先の超巨大ブラックホールのブレーザー(ブラックホールは一定量のエネルギーがたまるとエネルギーを放出する現象)によるニュートリノを観測、ニュートリノは途中でエネルギーを失わず地球に届くことを証明した。

アイスキューブでは毎年、数個の”深宇宙”からのニュートリノを観測している。

※東京大学宇宙線研究所、梶田隆章氏 小柴氏の研究を受け継ぐ。

宇宙線が大気中の原子にぶつかる時に出来る大気ニュートリノをカミオカンデを使い観測、理論的に発生するニュートリノの数が6割くらいと少なかった。

この原因を探るため、1996年4月、1万1000個の光センサーを取り付けたスーパーカミオカンデ(カミオカンデの17倍の大きさ)を建設、観測が始まる。

1998年、大気の上から来るミューニュートリノ(距離20km)と地球の裏側から来るミューニュートリノ(距離13000km)を観測、ミューニュートリノが一部タウニュートリノに変化、その変化した数が上からと地球の裏側から来る場合で異なることが判った。その結果がニュートリノ振動が起きていることを証明した。ニュートリノ振動の証明は、同時にニュートリノに質量があることを示す証拠となった(質量が無ければ振動は起こらない)。

2015年、梶田氏以前の物理学ではニュートリノは質量ゼロと考えられていた。ニュートリノに質量があることが判明し、素粒子物理学の基礎(標準模型)を根底から書き換えた業績により梶田氏がノーベル物理学賞を受賞した。

※東北大学理化学研究所所属、石川温子氏

茨木県東海村高エネルギー加速器研究機構、大強度陽子加速器施設J-PARC

ニュートリノを人工的に作り出す為の実験装置、大強度陽子加速器施設(ニュートリノビームライン)製造の国際チームを束ねる。

加速器で陽子を高速に近い速度に上げ、炭素原子にぶつけて出来たニュートリノを、東海村から295km離れたカミオカンデに向けて発射する実験を支える。

※素粒子物理学、坂下健氏

この実験は、何故この宇宙に私たちが存在するのか?根源的な問いを解明する試み。

宇宙の始まり(ビッグバン)には物質と反物質が対になって同じ数だけ出来たはず。その場合、1対1(CP対称)の物質と反物質は対消滅してエネルギーに変わり物質は残らない。しかし、実際は僅かに物質が反物質より多いとする「CP対称性の破れ」が存在。消滅を逃れた僅かな物質が、宇宙、星、銀河、原子、元素、生命を作った。その割合は1億個の反物質に対して物質が1個だけ余った状態。そのCP対称性の破れを見つけることが物質の存在の根拠に繋がる。

ニュートリノはその存在の破れを見つけるには最適なものとされて来た。

※東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設、塩澤眞人氏、梶田氏の元で研究。

ニュートリノにも物質と反物質(反ニュートリノ)が存在する。

磁石の電極プラス、マイナスを変えることでニュートリノのビームと反ニュートリノのビームが作れる。両方のミューニュートリノがカミオカンデに姿を変えながら0.001秒で届く。

※T2K実験、(Tは東海村、Kはカミオカンデ)

東海村からカミオカンデにニュートリノ、反ニュートリノを放射し、それぞれの振る舞いの違いを観測。

2018年、観測データをまとめた結果、一部が電子ニュートリノ、タウニュートリノに変化していた。しかし、反ニュートリノの変化の割合はニュートリノの変化の割合より少なかった(ニュートリノの方が多くタウに変わっていた)この結果をまとめると、対称性の破れを示唆している確率は2σ程度(95%)と判明。対称性の破れが強く示唆されたが、

物理学では5σ(99.9999%)、にならないと証明されたとは言えない。5σを目指し、

※更に大型の装置、ハイパーカミオカンデを製造する。

用いる水はスーパーカミオカンデの5倍、26万トン、感度を2倍にした光センサーの数を倍以上にしたハイパーカミオカンデを作る。

2028年に観測が始まる。

※ニュートリノの最大の謎

ニュートリノと反ニュートリノは同じか(マヨナラ粒子)別々の粒子か(ディラック粒子)?まだ分かっていない。これが判れば、宇宙に物資が残った理由を説明することが出来るかもしれない(レプトジェネシスの鍵)・・・ここは難しいから記述のみ。

※日本がニュートリノ研究を追い続ける理由

山が多く、地盤が安定していて、清浄な地下水が豊富、地震対策の技術レベルが高い。日本は加速器、スーパーカミオカンデ、理論研究、国際共同研究すべてを国内で完結できる唯一の国、宇宙の根源を解き明かそうとするニュートリノ研究の世界の中心的な位置づけとなっている。

※余談

反物質とは物質の鏡像のようなもの、見た目は物質と同じだが、電荷等の符号が逆、物質と触れると対消滅して光に変わる。

反物質は実験室で作れる。実用化の可能性。

①陽電子放射断層撮影はすでにがん検診などで実用化されている。

②核融合発電により反物質を作る研究ー東京大学で行われている。

以下は概念だけ。

②反物質触媒核融合、核融合燃料に反陽子を少量入れると核融合の点火がし易くなる。

③反物質エンジン、反物質は100%エネルギーに変わる(核融合は0.7%のみ)。火星まで数日でいける。反物質1g作るのに数億年分の地球の電力が必要。

 

 

 

 

 

 

 

 

ソバキュリアン

家に誰もいない、私一人である。このうずうずする解放感は久しぶりだ。

時間はたっぷりある。本を読んでいたら、何かつまむ物がむしょうに欲しくなった。

思い立って家に鍵をかけ車でコンビニまで行く。

ちょっと昔を思い出して懐かしい感じがする。

つまみとノンアルコールビールを買ってくる。

持病の薬の関係でアルコールは飲めなくなった。

ノンアルコールビールも味が随分と良くなった。ビールのような爽快感がある。

飲みたい!気持ちをごまかすにはこれで十分だ。

欧米でもノンアル系ビールにワイン、いまやウイスキーまであるらしい。

一度飲んでみたい。

これらノンアル系で満足する人たちを「ソバーキュリアスを実践する人=ソバキュリアン」と言うらしい。

ソバーキュリアスとは「飲めるけど飲まない」ライフスタイルだと言う。

禁酒ではないので自分の意思で選択するというところにポイントがある。

酔いたいとき、酔わなければやってられない時はやっぱり飲むのだろう。

わざわざ、こんな名前まで付ける必要はないと思うのだが、なんでも括りたくなるのは人間の習性か。

こうなってきた背景に何があるのかAIに聞いてみた。

1.若い人の健康志向の高まり

酔うより、明日の自分を大切にしたいと思う人が増えている。確かに翌日の二日酔いは気分の良いものではない。睡眠の質も悪化、メンタル的にも悪影響を及ぼす。

2,会社などでの半強制的な飲み会に嫌気がさす。但し、上司に個人的に誘われるのは嫌ではないらしい。人間関係は大事にする。

3.アルコールの健康リスクが盛んに言われるようになった。「百薬の長」は真実だったのか?現代の科学では少量でもリスクがあると言う。昔は不衛生だったので殺菌効果や栄養源、社交・心理的な要素を酒に求められた。

4.ノンアル系製品の味が格段に良くなった。

5.SNSは24時間つながっており、酔ってい失敗したくないという心理が働く。

6.経済的に安あがり。

7.多様性の尊重。強要する文化の排除。

8.コロナ禍で「飲み会文化」が消えた。コロナ恐るべし。

若い人みんながこうであるとは言えないが、多様化しているのは間違いない。

少なくともノンアルビールがうまくなったのは何より。

 

スケッチ(天草・大江教会)

天草の大江教会を描く。津崎を出て国道385号線を下田温泉に向かう途中、自治公民館前で、大江教会が見えた。丘の上に聳える白亜の教会は西日を浴びて美しく輝いていた。これは絵になると思い車を停めて写真に収めた。

教会はまあまあだが、教会の前の起伏、背後の山や手前の木々がなかなかまとまりが無い。こてこて色を乗せているうちに少し暗い感じの緑になった。返って教会の白さが目立っていいのかもしれないが? 柵を入れると土手の起伏が少しマシになった。最後にガッシュの白でアクセントをつける。

 

映画『サラの石油』を見て

アマゾン・プライムで『サラの石油』という映画を見た。久しぶりに良い映画だった。サイラス・ナウレステ監督、トーニヤ・ボルデン原作、2025年に公開されている。

オクラホマに強制移住させられたインディアン、クリーク族に隷属した有色人種の子孫である5歳の女児サラ(黒人)が自由民として土地所有の権利を得たところから始まる。

映画は無一文の黒人の女児が、略奪を企む石油業者に対抗して、協力者を見つけ石油利権を獲得する物語である。概ね実話であるところがすごい。

西部劇でのインディアンの話は悲惨な結末にしかならないのが通例だが、何故こういうことが実現できたのかその過程に興味を持った。

クリーク族(マスコギー族ともいう)は文明化五部族の一つ、クリーク族はオクラホマ移住前、アメリカ南東部(ジョージア、アラバマ、フロリダ)に住みミシシッピ文化の末裔と言われる。

文明化五部族とはチェロキー、チョクトー、チカソー、セミノール、マスコギーの五部族をいう。

1794年にアメリカ政府と休戦協定を結び、白人社会の習慣を取り入れ、プランテーションを営む文明化された部族と言われた。

五部族は白人と同様に農作業、家内労働、インフラの維持、軍事等に黒人奴隷を使った。次第に部族と共に生活する中で部族との混血も進み、部族の言葉を話し、部族の伝統儀式に参加するなどして部族社会の一部となった。

1830年代、アンドリュー・ジャクソン大統領(民主党)は五部族を文明化への障害と見なし、五部族の独立した主権国家としての地位を無視して、強引に「インディアン移住法」を制定。クリーク族を含め五部族がオクラホマ州へ強制移住させられた。その中にクリーク族が所有していた黒人奴隷も含まれる。

移動の途中で多くの人が亡くなった。なかでもチェロキー族の「涙の道」は映画にもなった。

1851年、「アパッチ戦争」アパッチ族の住むニューメキシコ州で金の採掘を求め白人が入植、これにジェロニモ等が抵抗し戦争となる。

1861年、南北戦争が始まる。クリーク族の一部は奴隷制の維持を求め南部連合に味方し北軍と戦った。1865年、南北戦争終結。

1866年、当時、五部族はアメリカ政府とは独立した主権国家として扱われていた。そのためアメリカ政府と五部族の間で「五部族条約」が取り交わされた。アメリカ政府は五部族に対し、1)奴隷解放、2)自由民の市民権付与、3)部族領土の大幅な割譲(半分以上)、4)鉄道施設の許可、5)将来の個人への土地分配への同意を求めた。

クリーク族は条約により黒人奴隷を解放、自由民として市民権が付与された。また自由民に対してクリーク族と平等な土地の権益が明記された。

その他は部族の意向により限定的にとどまる。

何故、アメリカ政府は、クリーク族とクリーク自由民(黒人)に土地を分け与えたか?

当時、インディアンは部族社会を形成しており、土地は部族全体の共同所有物となっていた。アメリカ政府はこの社会形態を解体し、土地を個人所有として、将来的にその土地所有者個人と交渉し白人が買い取ることが出来るようにした。

1870年、ジョン・ロックフェラー、「スタンダード石油」を創業。

1876年、ジム・クロウ法制定。南部11州の州法として制定される。病院、バス、電車、レストラン、学校等で白人用と黒人用に分けられる。1964年まで続く。

1876年、「リトルビッグホーンの戦い」クレイジーホース等スー族とシャイアン族がカスター将軍率いる第7騎兵隊を撃退全滅させた。

1886年、ジェロニモ、投降。米軍の管理下におかれ、1909年まで生きた。

1890年、「ウンデッド・ニーの虐殺」200名のスー族が虐殺される。

1898年、ドーズ・ロール(部族戸籍)法制定。クリーク族、クリーク自由民(黒人奴隷)に対して、年齢に関係なく全てのクリーク市民に土地が割り当てられた。対象を0歳から男女を問わず全ての市民にしたのは、対象人数を増やし土地を細分化したい意図があった。

1902年、サラ・レクター(黒人)、オクラホマに生れる。

1907年、サラはクリーク自由民の子孫として市民権を有し、5歳で159エーカーの土地を所有した。他にも土地を所有した子供はたくさんいたが、映画にあったように、税金が払えず売ってしまう者、何者かにより殺害される者等がいた。

1911年、サラは土地の税金年30ドルが払えない為、スタンダード石油とリース契約をしてリース料で税金を納めた。スタンダード石油は当時オクラホマの油田帯を積極的に開発していた。サラ以外にも多くの自由民がリース契約をしたが、1日数十~数百バレル程度の小規模な油井だった。

1913年、独立系掘削者B.B.Jonesがサラの土地を掘削して油田を発見、1日2500バレル、アメリカでも最大規模の石油が噴出した。

サラは一夜にして巨額のロイヤルティ収入を得て、「世界一裕福な黒人少女」となった。1914年、スタンダード石油と正式な事業契約を結ぶ。

その後、黒人児童が巨額の資産を持つと強制的に白人後見人が義務付けられた。搾取の危険が高まり公民権運動家が支援に乗り出す等社会問題となった。身の危険を感じた為カンザスシティに移住。

生活面では住居の改善、馬車で通学、ピアノや上質な衣服の購入など大きく改善された。成人後は株式・債権、宿泊施設、ベーカリー、コーヒーハウス、農地の取得等に投資を行っている。

1930年代、大恐慌で資産の大半を失う。

1962年、キング牧師(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)(1929年~68年)パプテスト派牧師、非暴力の公民権運動を主導し、64年7月、「公民権法」を勝ち取り、ジム・クロウ法が廃止された。しかし、その後も人種差別は絶えず、68年4月、白人男性に拳銃で撃たれ暗殺される。

1967年、サラは脳卒中で死去、資産は3人の息子に引き継がれた。

2025年、映画となり、サラの邸宅など、文化的価値が見直されつつある。

※五部族を含むインディアン574部族は現在アメリカ国内で主権国家として自治政府を持ち、独自に憲法を制定、裁判所や議会を開設し民主的な選挙を行っている。但し、国際法上の独立国家ではなく、外交権は無く、通貨、軍隊は持たない。

まさに、これぞアメリカ、映画『ジャイアンツ』をも凌ぐ幸運の持ち主。